戦後になってこうした削除を行うことも、著者の権利のうちかも知れません。作品を姉に対する感情を語ることに限定したということもできるでしょう。 しかし、削除された大本営発表に一喜一憂した庶民の姿もまた記録されてしかるべきだったのではないでしょうか。戦地で苦難 の中にある同胞を思うことは恥でも何でもない、当然のことです。その自然な感情を利用し、誘導しようとする者を見抜き、警告すること。 あえて言うなら、その状況を作った戦争という行為を告発すること。それが時代の凝視者である文学者の務めなのです。
→参考:岩波文庫版『蜜蜂・余生』