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題名:  亜細亜の曙
著者:  山中峯太郎
発行:  大日本雄弁會講談社 (昭和7年=1922年9月10日初版/昭和9年11月5日62版)
定価:  1円30銭
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 山中峯太郎(1885-1966)は戦前の少年冒険小説の雄であり、戦後はポプラ社刊の翻案版「名探偵ホームズ」シリーズで 親しまれました。戦前の作品においては、武断による平和と正義を標榜し、その単純理想論的大亜細亜主義 は当時多くの少年の心を捉えました。彼の小説を読んで軍人を志した者も少なくないのではないかと 推測しているのですが、どんなものでしょうか。
 ここではその功罪を問うのではなく、昔の少年たちはどんなものを読んでいたか、少年たちはどこに 惹き付けられたかを、わたくしの父や戦死した叔父も愛読した著者の代表作『亜細亜の曙』に依って確かめてみたいと思います。 本書は表紙は散逸しているものの中身は家に現存し、実を申せばわたくしも子どもの頃読みふけったものです。

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(1)口絵・挿絵はすべて樺島勝一氏のペン画によります。正ちゃん帽をかぶった少年のシンプル漫画「正チャンの冒険」と同一作家とは 思えませんね。 小松崎茂氏の先駆とも言える精密な描写は一世を風靡、1965年に亡くなったときには父もショックを受けておりました。
 この物語の主人公は本郷義昭、敵地に潜伏していることが多いけど身分は現役軍人。活躍ぶりは硬派のボンド中佐 というところでしょうか。この絵ではあんまりハンサムとも思えませんが、当時の精悍二枚目のイメージなのでしょう。「剣侠児」というのは山中氏の造語 でしょうが、「武侠」ともまた違う存在のようです。

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(2)西条八十氏、張り切ってますねー。本文中でも主人公が口ずさんだりしていますが、どなたか曲もつけたのでしょうか。あるいはこのタイトルの 歌が先だとか。

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(3)当時の南太平洋地図です。本作品の舞台は主として南洋。初版昭和7年(1922)は前年に起きた満州事変を受け、満州国建国宣言が行われた 年で、軍部や国民の目もまだまだ北方に注がれていました。しかし、山中は西欧の植民地支配下にあった南方に注目 します。なおミクロネシアは日本の委任統治下にあって、後には中島敦も渡ったことがありますね。

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(4)ただし、そこが山中氏の限界。南洋もアフリカもインドも、すべてごちゃまぜ、先住民はみんな「黒人」か「土人」 でいっぱひとからげ、教導すべき蛮族としか映りません。 当然人食い人種もうようよ出てくるし、上の白蟻塚もアフリカの写真ではないかという気がします。まあ、後の『冒険ダン吉』(1933〜)でも 御同様ですから、そういった点に注意を払うという意識がそもそも薄かったのでしょうね。

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(5)もちろん先進国と胸を張りたい日本の少年は、そんな小さいことにはこだわりませんともっ。
 この序文では、あくまで平和のための「武」であることを強調しています。おそらく国民の心を代弁していると言ってもまちがいでは ないでしょうね。平和のための侵略、平和のための虐殺、美名は行動を正当化する。 満州事変で日本が孤立したのも西欧諸国が悪いのです。
 もちろんあっちが「正義」ということは ありませんけどね。○国の不断の野望を見抜いているところはさすがですな。

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(6)「一等寝臺」の文字も旅愁をそそる昔の列車風景。みてくれはあんまり変わりませんが、なんとボーイが お世話をしてくれるらしいのです。

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(7)南洋の○国アジトに潜入する本郷。悪党は白人、土人はみんな裸族で人食い人種というわかりやすい設定です。

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(8)このあたりから空想兵器がたくさん出てきて少年読者は夢中になるところです。まずは「ロボット」操縦による「ヂャイロ飛行機」、垂直離着陸 可能な、要はヘリコプターです。ちなみにフォッケのヘリコプター成功が1937年、現在のヘリの原型・シコルスキーの成功が 1940年ですから、昭和7年(1932)刊の本書は最先端軍事技術と想像の融合ということになります。なお、チャペックの戯曲『ロボット・RUR』は 1920年ですが、この造語はたちまち世界を席巻しました。

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(9)次はヂュラルミン製の小型飛行船の登場です。しかも陸上では軌道車としても走るというすぐれもの。でもまあ、実用性は どうかなー。飛行船を実用化するより大型旅客機のほうが速くて運賃も安くなるとは予想外だったのかな。なお、ヒンデンブルク号の 炎上事故は1937年です。

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(10)次なる新兵器は市街戦用小型毒ガス戦車。第一次大戦後、毒ガス禁止条約は各国調印しつつも、毒ガスは当然敵味方とも使用することが前提となっています。きれいごと 言ってられないのが戦争です。

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(11)囚われの身であるインド少年王子と秘密の通信をするところ。英国支配下のインド独立も助けるという大亜細亜主義面目躍如というところですが、 黒人・インド語・王子というあたりがどうも適当な感じですねー。ま、子ども向けだからいいのか。でもこのルイカール王子はなかなか活躍するので 好きでした。

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(12)出た、最終兵器「無限自進機」ことロケット。原理は液体空気を加熱して、元の体積に戻るときの力を応用するという。フォン・オペル のロケット実験が1928年ですから、これも最新情報を断片的ながら取り入れております。実用化はご承知のように固体燃料のほうが 早かったけど、NASA方式の低温液化ガスの利用というところに着目しているのはさすが。

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(13)奥付のページ。娯楽の少ない時代とは言え一円三十銭(おそらく現在の2000円くらい)という比較的高額にもかかわらず売れまくってますねー。 山中氏の手になる戦後のポプラ社刊翻案「名探偵ホームズ」シリーズも、南洋一郎「ルパン」と並んで学級文庫には なくてはならぬ存在だったくらいに子どもの心をつかんでおりますから、職業軍人あがりにもかかわらず物語のツボを心得た方だったのでしょう。

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(14)巻末広告のページ。ここは小説・ノンフィクション部門だけど、別のページには田河水泡の漫画や南洋一郎の猛獣物の広告も 載ってます。『猛獣境探検記』はたしか家にあったんだけど…。ま、昭和初期の多少金銭に余裕のある家(えっへん)の小中学生は、 こういうものを読んでおりましたってことですね。


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